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横浜地方裁判所 昭和31年(行)4号 判決 1958年5月31日

原告 鍋島忠太郎

被告 横須賀市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十一年四月十六日横須賀市指令清第四号を以て原告に対してなした汚物取扱業不許可処分はこれを取消す訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

「原告は昭和二十七年九月二十二日米海軍横須賀基地司令官から同基地内オフイサースクラブの廃品処理の認可を受け、爾来その業務に従事してきたところ、昭和二十九年四月二十二日清掃法、次いで同年十二月二十五日横須賀市清掃条例が公布せられ、汚物取扱業が市町村長の許可を要することとなつたので、原告は昭和三十年一月十三日被告に対し汚物取扱業の許可を申請し、同月二十五日被告より「汚物取扱の種別横須賀米海軍基地内の廃品類及びごみ、業務の別収集及び運搬処分、期限昭和三十年一月二十五日から昭和三十一年一月二十四日まで、取扱区域従来どおりとする。」と定め、「廃品処理所の移転、すなわち現在汚物を取扱つている横須賀市小矢部町千二百十六番地所在の廃品処理所を速かに環境衛生上危害を生じ又は公共の施設を損傷するおそれのない場所に移転し、遅くとも許可期限内に移転を完了すること及び指示事項の厳守すなわち清掃関係法令規則に基く市長の指示事項を厳守すること。」の条件を附して右申請を許可せられた。その後原告は昭和三十年七月一日横須賀市清掃部長秋山健三の指示に従い右小矢部町の廃品処理所を閉鎖し、昭和三十一年一月初頃横須賀市不入斗町一丁目二番地に約百坪の土地を物色し、右秋山部長に伺いを立てたところ、環境衛生上不適当との認定を受けたので、さらに同市武千九百四十三番地に適宜の土地約二百坪を選び、引続き汚物取扱業の許可を得るため同月二十一日被告に対し汚物取扱業許可申請書を提出した上、同月二十四日秋山部長等の査察を受けたところ、環境衛生上良好との認定を得たので、直ちに廃品処理所の設置に着手し、同年二月中にこれを完成した。

しかるに同年四月十六日に至り被告は横須賀市指令清第四号を以て(イ)取扱区域の不確定すなわち現在取扱つている対象地区がないので指示できない(ロ)終末処理所の未完成すなわち駐留軍排出のごみについては終未処理所の完備が重要なる許可条件の一つであるがこれがないので許可し難いとの理由で、原告の右許可申請に対し不許可処分をなした。しかしながら、原告は前記許可申請書に取扱区域の表示として米海軍横須賀基地と記載しているものであるから、取扱区域の不確定ということはあり得ない。もつとも当時原告は既に前記小矢部町の廃品処理所を閉鎖していたため現実には清掃対象地区をもつておらず、しかも米海軍横須賀基地内においては昭和三十年八月一日以降駐留軍排出の塵芥廃品類の購入に関して競争入札制度が採用せられ、右入札の結果訴外新生横須賀婦人会が全地区に亘る落札者となつたのであるが、もし現実に清掃対象地区をもたない者は汚物取扱業の許可を受け得ないとすれば、本件のような場合には汚物取扱業は全く訴外新生横須賀婦人会の独占事業となり、新規業者の介入する余地がなくなるのみならず、右米海軍横須賀基地内における入札制度は入札の資格要件として入札開封前に入札者が横須賀市長の汚物取扱業の許可あることを提示すべき旨を要求しているから、汚物取扱業の許可なき以上何人も入札の資格なく、かくては訴外新生横須賀婦人会の無競争落札に帰し、入札制度の本質に反することとなる。かかる矛盾を避けるためには許可申請者が現実に清掃対象地区をもつか否かは汚物取扱業許可の要件とはならないものと解さなければならない。次に終末処理所も原告においては前記の如く既に完備しているものであつて、これを未完成というは被告の一方的見解に過ぎない。のみならず、清掃法及び横須賀市清掃条例は終末処理所の完備を汚物取扱業許可の前提要件としているのではなく、許可を受けた業者に終末処理所を完備すべき義務を命じ右義務を履行しない者に対し許可を取消すことあるべき旨を規定しているに止まる。

ところで清掃法令は衛生警察の見地から立法されたものであるから、同法令の定める許可は所謂警察許可に属し、自由裁量の余地なく、衛生警察上の障害なきものと認められる限りは許可を拒否し得ないものというべきところ、原告のなした本件許可申請については前記のとおり何等清掃法令に違反するかどはないから、被告のなした前記不許可処分は違法として取消を免れない。

仮に汚物取扱業の許可が自由裁量行為であるとしても、被告の本件不許可処分は、被告が訴外新生横須賀婦人会をして米海軍横須賀基地内における駐留軍排出の塵芥廃品類等を独占的に購入せしめ以てその利益をろう断せしめんとする意図に出たものであつて、著るしく公平を欠き、自由裁量に名を藉り右裁量権の限界を甚だしく逸脱する処分というべきであるから同じく違法として取消を免れ得ない。本来清掃法に所謂汚物とはごみ、燃えがら、汚でい、ふん尿及び犬、ねこ、ねずみ等の死体を指称するものであるが、駐留軍の排出物中には多くの有価物を含有し、この有価物たる混合雑芥すなわち塵芥廃品類等を目的として有償払下を受けるのが駐留軍関係の汚物取扱業者の常である。原告ももとより右と異る目的を有するものではないが、訴外新生横須賀婦人会の設営にかかる横須賀市日の出町三丁目及び京浜急行電鉄湘南井田駅傍の二個所の廃品処理所はともに環境衛生上危害を生じ又は公共の施設を損傷するおそれのある典型的なものであり、前者は附近住民より立退を陳情せられ、後者も又焼却設備不完全のため悪臭鼻を蔽うものがあるにもかかわらず、被告が敢えて右訴外婦人会にのみ汚物取扱業の許可を与え、原告の許可申請を許さなかつたことは、明かに被告が右訴外婦人会の利益のみを特別に疵護せんとする、著るしく不公平かつ妥当を欠く措置というに妨げなく、到底自由裁量の範囲内にあるものということはできない。」と陳述した。

(立証省略)

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として

「原告がその主張のような経歴を有すること、原告が被告に対し昭和三十一年一月二十一日汚物取扱業の許可申請をなしたこと、被告が右申請に対し同年四月十六日横須賀市指令清第四号を以て取扱区域の不確定及び終末処理所の末完成を理由に不許可処分をなしたことはいずれもこれを認めるが、被告の右不許可処分には何等原告の主張するような違法はない。

被告が原告の右申請に対し、不許可事由として取扱区域の不確定及び終末処理所の未完成を認定した理由は次のとおりである。すなわち、原告は昭和三十年七月まで米海軍横須賀基地内オフイサースクラブを清掃取扱区域として作業していたが、従前オフサースクラブを除く基地内全域を清掃取扱区域として作業していた訴外新生横須賀婦人会が昭和三十年七月十日以降同年十二月三十一日まで同クラブを含めて基地全域の清掃処理に当るよう米海軍横須賀基地オフイサースクラブよりオーダーを受けたので、爾来原告は清掃取扱区域を有しないことになつたものであるところ、さらに昭和三十一年一月一日以降同年六月三十日までの清掃作業も入札による有償契約を以て同訴外婦人会が当ることになつたから、原告の右許可申請の当時及び被告の右不許可処分の当時において原告は対象清掃区域をもたなかつたことは明かである。又原告の横須賀市武所在の廃品処理所は査察の結果、所定の条件を具備した設備なく、終末処理所の施設としては極めて不完全なものと認められた。

ところで清掃事業は清掃法第二条の規定により国及び市町村の責務として定められているものであり、同法第六条第一項の規定によれば特別清掃地域内の汚物の収集、運搬処分は当該市町村の義務とされている。従つて市町村は特別清掃地域の全域に亘つて一定の計画に従い汚物を処理する義務を有することになるが、現在市町村自体が全区域に亘つてすべて直営で処理を行うことができない場合があるために、一部においては市町村の行う作業の代行を私人に行わせる必要が生じてくるのであつて、ここに汚物取扱業者が生れるわけである。すなわち汚物取扱業者は市町村の義務を代行して汚物の処理に当ることになるものであつて、さればこそ清掃法においては特に各種の面に規制を加え、市町村が直営する場合と同様の効果を確保しようとするのである。さようなわけで、汚物取扱業の許可は、市町村の清掃計画に照し、これに合致する限度において当該業者の清掃取扱区域を指定し、かつ環境衛生上及び事業の公共性に鑑み、業務を担当するに必要な条件を具備した特定の者に対してのみ許されるのであつて、所謂警察許可とはその性質を異にし、全く当該市町村長の自由裁量権に属するものである。

さて駐留軍の塵芥の収集、運搬、処理については、駐留軍自体が直営でその基地内において衛生的に処理する場合は別として、塵芥を有償払下し、払下を受けた者をして基地外に搬出処理せしめる場合には、被告としては積極的に清掃法の制限規制を加える必要が生ずるのであり、従つて汚物取扱業の許可を有するものでなくては結局払下も受け得ないことになる。ところで原告は前記のとおり許可申請当時より引続き基地内に清掃対象地区をもたなかつたから、被告としては原告に対し清掃法第十五条第二項に所謂汚物の収集を行うことのできる区域すなわち取扱区域を定めることができずしかも原告は前記のとおり完備した終末処理所をもたなかつたので、被告は原告を不許可処分に附したのであつて、その結果原告が入札による塵芥払下の利益を享受し得ざるに至つたことは問うまでもないが被告としてはあくまでも清掃法の立場より汚物取扱業の許可の当否を定めるのみであつて、駐留軍の払下の拒否はその反射的効果に止まり直接被告の関与するところではない。また終末処理所の完備乃至はその期限附完成を汚物取扱業許可の前提条件となすか否かも、当該市町村の清掃計画に照し、市町村長において自由に決定し得るところと解すべきであり、清掃法第十五条及び横須賀市清掃条例第九条も決してかかる解釈を排斥するものではない。

次に清掃事業は前記のとおり本来市町村の義務に属するものであるから、既存の汚物取扱業者で区域内の清掃計画が十分履行できると認められる限り、市町村長が新規業者を許可しないことはもとよりその自由であるのみならず、汚物処理所の増設の如きは附近住居の歓迎しないところであるから、市町村殊に市域において不必要の新規業者を許可しない方針をとることは見易い道理というべきところ、本件にあつては既に訴外新生横須賀婦人会によつて米海軍横須賀基地内の清掃作業は完全に行われ、その清掃設備も完全を期し得る状態にあるので、ことさら設備不完全な原告に新規許可を与える必要なきものと認め、これを不許可処分に附したのであつて、特に右訴外婦人会の利益をはかり原告に不公平な措置をとつたということはないから、自由裁量権の限界を逸脱するという原告の非難は当らない。なるほど右訴外婦人会の横須賀市日の出町三丁目の廃品処理所は原告指摘のとおり不適当であるが、右は被告において同市内井田に移転を命じ、既に事務所も建築して移転完了も間近であるのみならず、井田処理所の埋立は完全覆土しているから市民からの苦情はなく、しかも新設処理場も完全な設営計画が進行中である。なお右訴外婦人会は最も汚染度の高い汚物は昭和三十一年七月金二百万円を投じて設置した大矢部焼却場で焼却し、残飯は此処で蒸気消毒を施して養豚飼糧に販売しているものであつて、取扱方法において他業者の追随を許さぬものがある。」

と述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和三十一年一月二十一日被告に対し汚物取扱業の許可申請をなし、右に対し被告が同年四月十六日横須賀市指令清第四号を以て取扱区域の不確定及び終末処理所の未完成を理由に不許可処分をなしたことは当事者間に争がない。

原告は被告の右不許可処分を違法としてその取消を求めているが、そもそも清掃事業は清掃法第二条の規定により国及び市町村の責務として定められているものであり、同法第六条第一項は「市町村は特別清掃地域内の土地又は建物の占有者によつて集められた汚物を、一定の計画に従つて収集し、これを処分しなければならない。」と規定しているから、市町村は特別清掃地域の全域に亘つて一定の計画に従い汚物を処理する義務を有するものというべきところ、現在市町村自体が全区域に亘つてすべて直営で処理を行うことができない場合があるために、一部においては市町村の行う作業の代行を私人に行わせる必要が生じてくるのであつて、ここに汚物取扱業者の介在を許さざるを得ないことになるのであるが、清掃法に定める汚物取扱業者もかかる性格以外のものではないから、同法は汚物取扱業者に対し各種の面において規制を加え、市町村が直営する場合と同様の効果を確保しようと試みているのである。さようなわけで、汚物取扱業者はあくまでも市町村の代行機関であるから、その許可にあたつては当該市町村の清掃計画に照し、必要と認められる限度において清掃取扱区域を限定指定し、又施設その他の条件においても右計画の遂行に適応し得ると認められる者に限つて適宜許容すれば足るものというべく、従つて右許可処分の性質は法規裁量たる警察許可とは異り、全く市町村長の自由裁量の範囲に属するものというべきである。しかり而して汚物取扱業の許可不許可が自由裁量行為である以上、その当否を論難して該処分の取消を求めることは許されないからこの点に関する原告の主張は失当である。汚物取扱業の許可が原告主張のとおり米海軍横須賀基地内において駐留軍排出物の入札購入の資格要件となつているとしても右は何等被告の右自由裁量権をき束するものではない。

しかしながら自由裁量行為といえども、著るしくその限界を逸脱するときは結局違法に帰し、取消の対象となるものと解すべきであるから被告の右不許可処分につき、果して著るしき自由裁量の限界の逸脱ありや否やについて次に判断する。

各成立に争のない乙第四号証、同第八号証、同第十一号証の一乃至三、同第十四号証及び証人石渡真佐雄の証言を綜合し、これに本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば、原告は昭和三十年七月まで米海軍横須賀基地内オフイサースクラブを清掃取扱区域として作業していたが、従前オフイサースクラブを除く基地内全域を清掃取扱区域として作業していた訴外新生横須賀婦人会が昭和三十年七月十日以降同年十二月三十一日まで同クラグを含めて基地全域の清掃処理に当るよう米海軍横須賀基地オフイサースクラブよりオーダーを受け、その反面として原告は清掃取扱区域を有しないことになつたところ、さらに昭和三十一年一月一日以降同年六月三十日までの清掃作業も入札による有償契約を以て同訴外婦人会が当ることになつたため、原告は前記許可申請当時は勿論その後も清掃対象区域なく、一方米海軍横須賀基地内の清掃作業は右訴外婦人会の手によつて完全に施行せられ、被告としては別に新規汚物取扱業者の許可を必要としなかつたのみならず、原告の横須賀市武所在の廃品処理場は終末処理所としては極めて不完全であつたので、被告は原告の本件許可申請に対しては取扱区域の不確定及び終末処理所の未完成の理由を附して不許可処分に附したことが認められる。ところで清掃事業はさきにも説明したとおり本来市町村の義務に属するものであるから、既存の汚物取扱業者で区域内の清掃計画が十分履行できると認められる限り市町村長が新規業者を許可しないことはもとよりその自由であるのみならず、汚物処理所の増設の如きは附近住民の嫌悪するところであり、従つて市町村殊に市域においては不必要の新規業者を許可しない方針をとるべきことは見易い道理であるから、被告の本件不許可処分には特に自由裁量権の範囲の逸脱はないものというべく、証人植栗重良の証言及び原告本人尋問の結果の程度を以ては未だ被告が訴外新生横須賀婦人会の利益を疵護するため特に原告に対し不利益処分をなしたとの原告主張事実を肯認するの心証を得難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しからば原告の本訴請求はいずれにしても理由なきことが明らかであるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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